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  • 株式会社映像設計 代表取締役 神野富三

映像制作に構成とかシナリオがなぜ必要なのか

Updated: Dec 31, 2020


映像制作業の「あるある」

映像制作業を営んでいて、とっても悩ましいのが「とりあえず撮っておいて!」というオーダーです。

こういうオーダーをいただくと僕らは必ず尋ねます。

「記録ですか?」

「PRですか?」

「どのくらいの長さにまとめたい(編集したい)ですか?」

よくあるお答え。

「うーん、わかんないから適当に・・・」

仕方ないから。

「は〜い、わかりました〜」

でも、やっぱり困るもんは困るのです、じつは。

「家を建てる」に例えてみます

家を建てると言っても、いろいろあります。

住宅建設会社の既成のデザイン(設計)をモディファイする家。

デザインから設計、使用部材までオーダーするオリジナルな家

木造建築。コンクリート建築。和風建築。洋風建築。

大きさだって平屋の1LDKもあれば三階建ての10LDKだってあります。

それこそ100軒の家を建てれば100通りの作り方があります。

既成の設計を利用し規格部材を多用する住宅であっても、寸法や素材の組み合わせは何万通りもあります。柱にする木材と床材にする木材は異なる適性が必要ですし、洋風建築ならば一般的に畳は不要。3階建にするならば耐震性能のために平屋では要らない補強材も必要でしょう。

家を建てる時は、まずはじめに施主さんは建築士やデザイナーにコンセプト(洋風とか和風とか、大きさとか・・・)を提示して、設計の概要について共通認識をもつことが当然ということは、誰でもわかると思います。そして大工さんが工事をするためには、設計図がなければ部材の切り出しもできないこと、これもわかる。

映像の制作もまったく同じ

「撮影」とは、いわば加工前の部材の調達です。

1メートルしか無い丸太から大黒柱は普通では作れないように、10秒しか撮ってない映像素材を使って60秒のナレーションにあてこむ映像は無理がありありすぎます。逆に20秒で一連の動きを捉えている映像を5秒の隙間に挿入するのは4倍速で早回しするしかありません。

展示会で展示されている商品。そこで撮影してその商品のCMを作成するならば展示会場の外観やギャラリの様子は要りませんが、記録映像として残すならば必須です。CMだと言われて撮影したら「会場の様子撮ってないの?なにやってんのよ!」ってこと若い頃にありました。今はそんなヘマはしませんが。

視点を替えると

記録映像用に撮影する時には、「事実」をありのままに記録しますので、たとえ画面の中にゴミが映っていようが問題はありませんが、その映像素材を使ってTV-CMを作るにはゴミが映っていては困ります。

また記録用の撮影では画面の隅々までの完成度よりも、事実をいかにリアルに解りやすく捉えるかを考えながら撮影しますが、PRであればその対象物を印象付けるために特徴的なフィルターを使用したりカメラワークを施します。でも、そうした特徴的に切り取った映像は記録映像として使用するには奇異であったりします。

また、意図に沿って編集して一定の尺を持つ映像は、連続するカットのリズムやトーンなどからも意味を伝えています。1カット1カットに映っている物や人の「連続性」という文法の中に表現したい意図が盛り込まれているのです。それが映像プロの仕事です。

優れた演出家やカメラマンは、つまり連続性をどう組み立てるかを、撮影の時点からいくつかのアイデアを脳裏に置いて、構図やカメラワークを考えています。

完成形を想定しながら撮影

プロの仕事は当然のように完成形を想定しながら撮影しています(成り行き任せのドキュメンタリーを除く)。つまり、いわば設計図に沿った建築部材の切り口や形状と同様に、編集時のカットやシーンの前後関係を想像しながら、ファインダーに構図をつくり、カメラワークをしているのです。こうしてつくった(編集した)映像は、流れも気持ちよく見た目も美しい上に、表現したい意図を映像の流れが紡ぎ出してくれます。

ところが、何も考えずに撮影した素材を使って編集する場合は、「編集してみたらこうなりました」という、「後付けの意図」しか表現できない。あるいは膨大かつ冗長な素材の中から意図を表現する部材に使えそうな部分だけを無理やり切り出して、少々の流れのいびつさを無視して編集するしかありません。

あれもこれも長回しに撮るってとても疲れる

ですから「とりあえず撮っておいて」と言われて撮影するということは、できるだけオールマイティーに、言い換えれば中庸(メッセージ性が突出していない?)に、撮りこぼしないように長回しして、しかも後で「あれ、撮ってないの?」と言われないために、あれもこれも撮らなくてはならないのです。こうして撮った映像は得てして毒にも薬にもならないつまらないものになるので、プロたるものそんなこと言われたくないので、そんな状況の中でもアレコレ工夫しながら撮る。これって本当に疲れるのです。だってほとんどの素材がたいてい編集時に使われないままお蔵入りするんですから。

申し訳ない仕事は避けたい

僕らはこうした仕事をすることは、お客様に対してたいへん申し訳ないと思います。

お客様は初めに企画意図があるわけですから、それに対して純度の高い成果を提供するのが僕らの仕事だと思うからです。

成果を得るために、映像の表現力や品位は最高のパフォーマンスで引き出したい。そのためにははじめにお客様としっかりと企画意図を共有して撮影に入りたい。

映像制作のプロは、人と人のコミュニケーションのプロでなければならない。このことがいかに大切なことかお伝えしたい、僕のこのブログの根底にはいつもこの想いがあります。

注)文中の「記録映像」「PR映像」「CM」という言葉については、一般的な分類としての特徴を表しており、実際の広告の現場では記録映像を使ったCMやPRもあります。


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