「動画は情報量が圧倒的に多い」は本当か?

嘘ではない

「画像が連続的に変化している」

「画面に文字が入る」

「音でも言葉が伝えられる」

「音楽で情感が加わる」

きりがないくらい情報をてんこ盛りできるコンテンツ、それが動画である。

確かにそうである。

 

しかし、

よく考えてみてほしい。

画像、文字、言葉(声)、音楽が、たとえばすべて異なる意図をもった情報を持っていたなら、どうだろう?たしかに情報量は4倍だ。

けれど、それぞれが別な意図を持っていたら、視聴者は意味がわからないと思わないか?

 

では、同じ意図を持った情報を4つ重ねたら、情報は4倍だろうか?

いや、違うのだ。

情報は1でしかないが、その圧力が4倍になるのだ。

ただ、重ねればいいというものではなく、互いの情報が効果的に相手の情報を盛り上げる働きをしてこそ、ボルテージやインプレッションが高まるのだ。

 

映像を企画する

優れたシナリオライターや演出家は知っているのだ。

ほんとうにてんこ盛りにすると、何にも伝わらないことを。

相互に気持ちよく共鳴しあったり、伏線となって初めて映像と音の競演、饗宴、共演となることを。

 

絵コンテは曲者

BtoB映像の制作工程では、絵コンテによってお客さんと製作者の意思疎通、確認を行うけれど、「絵コンテに必要な情報が全部入ってる!」ということで「OK!」を出してはいけません。

 

絵コンテに情報が全部入っているからOK
という判断は、とにかくやめてください。

いっぺんに情報を投げられても、視聴者はついていけません。

目と耳が置いてきぼりにされること間違いなしです。

人間の目や耳から入った情報を理解するのは脳みそです。

絵コンテからはその前後のコマの流れ、そのコマの画像の背後で流れている言葉、音楽が効果的にシーンの意図を伝えているのか・・・そこを読み取らなくてはいけません。

少々、難しいかも知れません。

 

理解のスピードはゆっくり歩くくらい

人間の脳みそが気持ちよく情報を理解するスピードは、プロのナレータが噛んで含めるようにしゃべるスピードで読む原稿、その原稿のテキストの情報量/時間が、ちょうど人間の理解のスピードだと思ってください。

 

優れた映像は情報量は多くないが伝わる強さが違う

映像や画面の文字、音楽は、その情報の理解をアシストする、ないしは水先を案内する伏線としての役割を果たしている、そんなくらいでちょうどいいのです。
 

 

 

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