動画のつくり方と映像のつくり方

画面の中が動いていれば何でも「動画」
映像技術がデジタルではなく、アナログの時代から映像製作に携わってきた人間の多くは、「動画」という呼び名に嫌悪感を持っているのではないかと思います。

この世界で古い人間が「動画」と聞くと「動いてりゃいいのね!?」と思ってしまうのです。

 

アナログ時代のスライドショー

当時たまに、写真(スライド・静止画像)をビデオカメラで撮って時系列に並べ、ナレーションと音楽を重ねる「スライドビデオ」(のちの「スライドショー」)という仕事があり、言葉は悪いのですが、映像制作の仕事としては「低レベル」と考えられていました。

 

カットとカットの繋ぎが単純で、編集技能も必要なし。「素人でもできる、そんなものは俺の仕事じゃねえ!」というのが本音でした。

動画、ってそんなことを思い出す言葉なのです。


ドーガの定義

「動画」は映画、ドラマなどの映像制作の現場で継承されてきた、編集技法や演出、構成などの基本的なセオリー不要の映像。「映像の基礎」を習得していなくても創ることができる映像、という感じでしょうか。

 

動画が誰だってつくれるのは本当です

映像だって動画だって、たしかに誰でも創ることができます。でも、ある程度の尺(時間)がある映像をつくるには、技術が必要になってきます。視聴者を惹きつけておくには、整然とした映像の文法の上に時間が流れないと、視聴者はとても疲れ、集中できません。

 

動画時代には映像づくりの基礎知識が継承されない

最近テレビドラマを見ていると、製作者の技量の違いが歴然と観て取れます。どれも新しい時代の映像作りに挑戦していることは観て取れます。しかし、基礎を踏まえた上でのチャレンジ的映像と、基礎を知らずに闇雲に試行錯誤している映像では、視聴する側の安心感、安定感が違います。セオリーを無視した映像は、みていてそこかしこで困惑してしまい、映像世界に入り込めません。

動画時代の弊害が出てきたのかな、と思います。

 

3分の壁!?

最近僕たちB2Bの映像制作世界でも、「尺は3分まで」なんていう常識ができつつありますが、僕はその新常識には断固対抗します。

3分を超えて視聴者をつなぎとめられない映像づくりは、プロとしての敗北です。

ただし、勘違いしないでいただきたいのは、誰でも彼でも繋ぎとめておくことが我々B2B映像制作に課せられたテーマではありません。ゴールデンタイムのテレビ番組をつくっているわけではありませんので。狙ったターゲットの人たちの目を釘付けにしておくこと、それが僕らに課せられたテーマです。

 

敗北しない映像づくり

一般に「動画づくり」というのは、オールターゲットを意識していることが多いので、やはり短尺になるのでしょうね。
「おまえは作れないのだろう?」って?

んなことはありません。

プロなんだから、オールターゲットというターゲットをクギつけにする企画をつくるのも僕らの仕事です。でも、その時は尺はやっぱり3分くらいにしたいかな。
 

 

 

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