ものの見方が違えば見えているものも違う映像世界

お恥ずかしいことですが

僕はじつは字を書くのも絵を描くのも非常に下手です。

それはもう悲しいほどヘタクソです。

映像屋なのに絵が下手じゃダメじゃないかって!?

そうですね、CMディレクターは絵が上手いと絵コンテに味が出て、とても有利ということはありますね。

 

ちゃんと理由があるのだ

​字はともかく、いちばん苦手なことが「パースペクティブが描けない」ことなんです。
絵を描くことが苦手という僕には、自分なりにその現象を説明する言い訳があります。

その言い訳とは立体物を平面の紙に描くには視点を一点に据えて、そこから見える対象物の形を描けばいいわけだけど、僕は対象物を三次元のまま捉えている、というか立体は3Dデータのまま(360°連続的視点)脳みそで展開している。つまり平面ではなく立体のまま「理解」しているのではないか、という仮説。ようは僕は三次元のものを二次元に置き換える時に、視点を固定することが苦手なのだ。

 

なに言ってるか分からない?

だから、僕は頭の中にアプリケーションとして3Dソフトが入っているので、いちいち1枚1枚の2Dデータに置き換えていないんだよね〜ってことが言いたいのですが、これでも分からない!?

「は? それを絵のセンスが無いと言うのだよ!」って?

はい、そうですね、たぶんそうです。

 

映像制作の仕事は3D能力が大事

でも、僕のこの「能力」は映像制作マンにとっては、非常に大事な能力なんだと密かに自慢に思っているのです。

頭に3Dソフトが入っているということは、モノゴトを捉える視点が無尽にあるということだし、頭の中で3Dを動かせるということは、2Dには無い「時間」という軸を持っていることでもあります。

想像力に時間軸を加えるとストーリーが生まれる

映像クリエーターには必須の能力だと思いませんか?

 

でも、プライベートでは、ふつう人が見えない面まで見えてしまうので、本当にそこにあるのだけれど、それは殆どの人には見えないことで、誰にもわかってもらえない辛さは甘受しなくてはならない。という宿命も背負っているのです。
 

 

 

 

 

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