映像制作・広告と広報のハザマで

「広告」と「広報」

とても似た言葉ではありますが、一般的に広告は「作為」「演出」「つくりもの」、一方「広報」は「事実」「告知」「情報開示」というイメージを持たれています。

 

マスからソーシャルへ

広告宣伝の手法は従来の「広告」をマス媒体で同時大量に投げかける方法から、ソーシャル・ネットワーク等を用いて「事実を口コミ的に拡散する」という、限りなく広報的な手法が多用されるようになってきました。

 

信用されない、いままでの「広告」

ただし広報的に伝えられる情報も、実はそのコンテンツは広告と変わらないプロセスで管理されていて、事実としては「広告」と何ら変わりません。広報のふりをした広告宣伝です。

広報のフリをすると、受けては「真実かも知れない」と思うからです。従来の「広告」はもうまったく信用されない時代になりました。

 

ステルスマーケティング

おわかりと思いますが、企業が広報発信する場合は、自社情報を自ら伝えるのですから必ず語り口は主観となります。逆に客観で語られる企業情報は、発信者が当事者企業であるはずはなく、それは第三者の「意見」ということになります。

ここに目をつけたのが、広報的手法を使った広告宣伝です。

まずは企業が広報情報として「事実」を公開。そしてその情報を基に第三者が「意見」として記事を書き、拡散して、「事実の評価」を定着させます。

第三者というのが実はお金で雇った、実際は「当事者」であることが多く、こうした手法は別名ステルスマーケティングとも呼ばれています。

 

主観と客観を使い分けるのは映像制作の基本

さて、映像制作における企画立案の要諦にあるのは「視点をどこにおくのか」という課題です。映像作品には必ず「視点」が設定されていて、その視点に沿った切り口で事実を切り取ったり、つなげたりしていることは理解いただけると思います。

映像を企図する会社や人間が、視聴者に伝えたいメッセージに説得力を与える視点が「客観」か「主観」であるかを選択することで、その映像の性格・目的の大きな部分は決定づけられます。時に複数の客観視点に主観を混ぜたり、行ったり来たりすることで、対立する構図を利用しながら、視聴者を企図する結論に誘導することもできます。

「視点を制御する広告」が主流となっている広告業界にあって、じつは映像制作界は元々そうした作業をしてきた業界なのです。ステルスに視点を操作しながら視聴者を欺くことは、昔から映像の得意技だったのです。

 

時代による視点の変遷

戦後、テレビCMなどの映像による広告が始まった黎明期には、メッセージというものは、「広告」であれば原則的にはそれを企画する主体の主観が視点になることが当たり前でしたが、人々がそうした情報を簡単には信じなくなり、同時に広告マンたちの様々な挑戦があって、映像広告には様々な視点が与えられ、「作為」は巧みにカモフラージュされ視聴者を扇動してきました。

そして、ここ10年くらい前までは、第三者的な視点を装ったドキュメンタリータッチのPRが説得力を持っていたのですが、これも近年では一般の視聴者に「創作されたドキュメント」であることがバレ、現在ではYouTubeで公開されるような、あからさまにフィクションであるイメージ映像か、あるいは撮りっぱなしで編集を加えていない(ような)作風に二極化してきたように思います。

 

「誰が言ったことを人は信じるのか?」

ことほど左様に、メッセージを如何に信じてもらえるようにするかという努力は、結局「誰が言ったことを人は信じるのか?」という社会トレンドの模索とも言えます。

今はあまりメッセージ性の強い映像ではなく、なんとなく感じ取ってもらえるように意図を盛り込むのを好む時代ですが、この手の手法も直に人々は信じなくなり、次はどんな視点で描かれた世界を信じるのでしょうか。

B2Bの映像制作プロデューサーは、日夜そうした社会的ムードの風向きを測っているのです。

 

※このブログの文章はある程度「B2B映像制作」のプロデュースに知見、経験を持った人に向けた徒然無い想いです。「何言ってるのかわけわかんない」かも知れませんが、ご容赦下さい。
 

 

 

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