こだわるのはよくないよ

良くないものが混ざっています。どれでしょう?
 

・職人のこだわり

・料理人のこだわり

・アーチストのこだわり

・クリエーターのこだわり 

※ここで言うクリエーターとは広告を制作する職業クリエーターのこととします
 

答えの前に少し考えてみてください。
 

人々が職人に求めるのは、その人のいつもの匠の技。

人々が料理人に求めるのは、その人のいつもの美味しい料理。

人々がアーチストに求めるのは、その人のいつもの世界観。

 

「こだわる」というのはこうした「いつもと寸分たがわないものを作る」というイメージではありませんか?
 

クライアントがクリエーターに求めるのは拘りでしょうか?

そんなことは無いはずです。

ひとつのキャラクター、ひとつの持ち味だけで食べていける人は別として(というかそういう人はアーチストだよね)、職業クリエーターは、いつも斬新なものを、クライアントの目的に合わせてアイデアを練るわけで、その為には自分の頭の中にある拘りを捨てて、自由にならないといけません。また、クライアントの希望を無視して自分の拘りを押し付けるなんて愚の骨頂です。


「そこまでやる!?」というトコトンさ

クリエーターが拘っていいのは、「そこまでやる!?」というトコトンさだけ。

自分の趣味や好みで仕事を選ぶことは自由だけれど、引き受けた以上は、クライアントの意向を100%以上満たすために働くのが職業クリエーターの矜持というものです。

 

でもね、実は職業クリエーターだって、拘りは持っているのです。「こういうタッチは嫌い」とか「レポータものは好きじゃない」とか。だから提案の中には、自分からそういう企画を入れないようにはします。でも、流れの中で、これは入れなきゃならんよな、と思ったら拘りません。それがクライアントのためだから。それを「僕はそういう企画好きじゃないからやりません」なんて、プロじゃありません。

 

プロのクリエーターは、自分の拘りを主張したりしない
むしろ自由であること。

と思うのです。むしろ貪欲に新しいものを追求していると。

だから、冒頭の職人、調理人、アーチストにしたって、実は何が何でも譲れない「こだわり」なんて無いと思う、というか、こだわりよりも大切にしていることは、いつも自分の技術を客観的に捉えながら、貪欲に新しい技術を取り入れること、そうした「自由さ」なんじゃないかと。

拘っているとしたら、そうした、絶えず向上し続けようとする姿勢に拘っているのが、どんな職業であろうと「プロフェッショナル」なんだと僕は思うのです。

 

だからよくテレビ番組で「こだわりの・・・」というサブタイトルがついてると、その番組のディレクター(プロデューサー?)は、プロクリエーターじゃないんだな、と思っちゃうんです。

弊社のこだわりは、あくまで映像によってソリューションを提供すること
B2Bの映像、動画を制作する名古屋WEB動画制作所は、プロフェッショナルクリエーターとして、顧客満足とお客さまのソリューションのために働くこと。敢えて言えばそれがこだわりです。それが使命と考えています。でも、その為に大切なこと、それは「とらわれない心。 かたよらない心。 こだわらない心。広く 広く もっと広く」 あれ?これ誰かが言った有名な言葉だよね。

 

 

 

 

 

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