みなさんロケをしましょう!

March 31, 2015

 「ロケ」とは、ロケーションの短縮形であり、制作したいシーンの背景や対象をスタジオなどに建て込んで撮影するのではなく、一般の商業施設や景勝地などに場所を求め撮影することを言うのは、皆さん御存知と思います。


 バブル崩壊以前(もうこの表現も古すぎますね)までのCM業界と言えば、「この砂の白さは絶対にモルジブだよね!」とか「この海の青さは絶対にフィジー だよね!」と、何十人という編成のロケ隊が海外まで出かけて行きました。もちろん予算も青天井。黑澤明監督ばりに天気待ちするのも当たり前で、制作責任者 であるプロデューサーは胃が痛くなったものです。


 今や砂の白さも空の青さもスタジオのコンピュータが作り出すのが当り前。どうしてそうなってしまったのか?
 言うまでもなく制作予算が激減したことが主因ですが、制作側の責任者が、「胃が痛くなる企画」を提案することをやめて「だいじょうぶです、この空の色はCGでなんとでもなりますから!」なんて楽な道を選んでいるのも否めないと思います。


 特に自然環境を映像の背景や主役に利用すると、季節、天気、日の周りや場所の確保、出演者のスケジュール調整など不確定要素が多数絡み合い、制作を仕切 るスタッフは夜も眠れません。CGはそうした悩みをいとも簡単に解決してくれる救世主です。でも僕は思うのです「逃げていいのかなあ?」と。


 シミひとつ無い「真っ青な青空」、異物の全く無い「真っ白な砂浜」でつくった映像で視聴者は何を感じ取るのでしょう。話を端折りますが、こうした映像は先週書いた「記号」としての役割は果たしますが、そこには記号が発する意味以外の情報や情感は含まれていません。


 生の映像は「完璧」ではなく、随所に破綻が含まれています。砂浜の風紋は決して一律ではないし、青空の端にはひこうき雲が映っているかもしれません。で も、そうした細部の破綻こそがリアリティであり、そこに身を置くことでしか味わえない「気分」や「空気感」を喚起します。


 ロケの段取りは、ほんとうに大変です。でも、やっぱりその場所でなければ捉えることができないシーンは、そこへ行って撮るべきだと思いませんか?
だから僕は言います「みなさん、ロケをしましょう!」


※写真は筆者プロデュース作品「エネルギー地球大紀行」Tuvaluでの撮影の様子

 

 

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