デザイナーにノーベル賞が授与される日

October 9, 2014

 日本の家電メーカーは相変わらず「技術」を売り物にし、自動車や機械などの製造業もみな「ものづくりを大切に」と言います。日本の経済の屋台骨=ものづ くりを支えているのは匠の技であり、世界に類を見ない高品質を維持していけば日本の未来は明るい、という論調もよく耳にします。


 でもiPhoneの部品の50%が日本製とか、BOEING787の機体の35%が日本製ということを「誇り」と言い切ることに僕は抵抗を感じます。


 部品納入はどこまでいっても納めた数の代金しか貰えません。数を納めれば納めるほど納入先からは当然にようにコストカットを要請されます。部品の品質や コストというのは確実に後発メーカーや後発国に追いつかれ、越されます。いっぽう、これまで全く社会になかった概念が産み出すプロダクツは高付加価値であり、それを企画、製造し世に送り出せば先行者利益は莫大になります。


 経済が本格的にグローバル化して以来、世界の中で日本のGDPだけがほとんど伸びないのは、こうしたところにも原因があると考えるのは間違いでしょうか。


 いまや精緻さや高品質、多機能などの技術力を謳っても、ヒット商品は生まれないことは誰もが気づいているのに、いまも日本では製造、技術分野からの声が尊重される傾向があると思うのは、僕らソフトウェア分野の人間の僻みでしょうか。


 人々の生活や社会の流れを変えるようなイノベーションは、生活の中にある様々なシーンに「あったらいいな」とか「こんなの欲しい」を想像するデザイン力と、それを可能にする技術を融合するマネージメントが欠かせません。


 日本でも、カタチあるハードウェアだけでなく、デザイナーやマネージャー(プロデューサー)が産み出す「高い付加価値」の重要性を認める社会にならないかなあ、と夢を見る今日このごろです。

 

 

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