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  • Tomizo Jinno

人の映像にはどうして「目」が必要なのか??

たくさん撮った写真からOKカットを選ぶ時 僕は時々ヨットレースのスナップ写真を撮ります。僕自身はレースはやらないのですが、ヨットクラブの理事(会長兼広報担当)にもなっているので、クラブ会員を増やすためにも「楽しいそうなクラブ活動」をHPやSNSを使って、外部の人たちへも発信しているからです。海上の船から撮るわけですから、互いに揺れていて、構図が決まらないばかりか、シャッタースピードが追いつかないため、ピンボケも多々あります。だから1カットのために10〜20回くらいのシャッターを切ります。1レースを撮っただけで軽く1,000枚を超える画像ファイルが溜まります。ヨットクラブの広報ですから、ニュース性(速報性)も大事。ですから撮ったその日のうちに整理してアップロードよう心がけています。普通に考えると1,000枚からできるだけ全参加者(船)をまんべんなく選びだすという作業は、ものすごく大変のようですが、実は僕はほんの30分くらいで行なっています。 「楽しい!」は顔で感じる まず最初に「構図バランスが悪くないか」「(ひとりでもいいから)顔が映っているか」「顔にフォーカスが合っいるか」をどんどんチェックしていき、構図が悪い、顔が映っていない、焦点が合っていないものは即座に除外します。そうするとすぐに1/10くらいの枚数になります。その後は同じ対象や似た構図のものを除外して、参加(船)者をできるだけ均等の枚数で残します。 「楽しいそう!」は顔の中でも「目と口」 「目は口ほどにものを言う」と言いますが、人が楽しんでいる様子を表す時は、必ず目玉と口が映っているように思います。目だけではどちらかわかりません。ですから最近のマスク顔は楽しさ半減以下ですよね。(真剣さを表すときは目玉だけでもOK) 目は人の内面(精神性)を表している? インタビューやドキュメンタリーが、人の内面に切り込んでいくときは、ほぼ必ずカメラはその人の目玉にズームインしていきます。そうすると視聴者は、その人の心根を覗き込んでいるような気持ちになります。どうしてでしょうね?

人は人の内面が顔のどこかに現れていると信じていて、それを読み取ろうと顔を覗き込むという習性がありますので、ズームインがそれと同じ状況を作り出しているのでしょうか。 ということで「人の精神性を捉えようとすると必ず目を映す」のは何故なのか? 今日はちょっと中途半端ですみません。

簡単そうだけど簡単には説明できない命題なのです。


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