• 株式会社映像設計 代表 神野富三

映像制作マンの生涯

Updated: Dec 25, 2019


映像制作人生にもいろいろある

大袈裟なタイトルを設けましたが、僕の場合がちょっと変わってるというか、ふつうと逆なのかなと思ったので。

昔の映像制作業界

「制作部」で入社すると、最初の仕事は大概、プロダクションマネージャー。で、この後の道は、アシスタントディレクター→ディレクター→プロデューサーってのが多いかな。でやがて管理職。

「撮影部」で入ったら、ずーっとカメラ、とか技術畑。で、長くいると管理職へ。

「編集部」で入ったら、ずーっと編集あるいは、CGやアニメーション制作に進んだり。で、長くいると管理職へ。

今の動画制作業界

今の時代は上のような分類はごくいちぶの大手プロダクションにしか残っていない。

ディレクターが編集するし、カメラマンが演出、編集もやっちゃうなんて、ぜんぜん珍しくない。そして多くの人が、やがてデスクワークや管理職になっていく。

僕の場合

この業界に入った時代は、職務によって部署ができていた時代。僕は人間ができていたため?管理職として嘱望されて入社したので、そうするとやっぱり「制作部」への配属。

プロダクションマネージャーからスタートし、そのうち営業なのか「制作」なのかわからないような立場で10年くらい勤め人生活をしていた。立場で言えばプロデューサーなのだが、制作する映像の企画も脚本も演出も社内スタッフ任せだったので、今考えればプロデューサーの風上には置けない仕事をしていた。

ワープロが人生を替えた

ところが、10年が経過した頃、その頃一般化してきたワープロを、自分個人用に手に入れたことで状況が一変。実はぼくは自他共に認める悪筆。文字を書くことが大嫌いでしたが、ワープロで打った文章を眺めて思ったのは「俺って天才?」。

今思えば大した文章ではなかったけれど(今でもだけど)、僕が書いた企画書、シナリオが7社競合、9社競合などというコンペを、次々に制覇していい気になった。

勢いで独立

この時の立場は、言ってみれば「シナリオライター・プロデューサー・営業」。

それが23年前。37歳の頃。

時々、短編(5分くらいまで)を演出も自分で演出することはあった。

ところが、40代から

編集を自分でするようになり、50台からは二次元アニメの作成まで自分でやってしまうようになった。50代後半の今、最近ではカメラ技術にも興味を持つようになったりして。

普通歳をとると、この逆で細かい(?)作業からどんどん引退して、指示を出すだけ、みたいな仕事の仕方に変わっていくものだが・・・。

理由はあるけれど

お客様からいただける予算を外注さんに支払ってると、いったい誰のための仕事かわからなくなってしまう、という昨今の映像制作予算事情もあるけれど、本当のところは「人に任せるより早いし、意図通りできる」から。

まあ、それくらい今のパソコンソフトがすごいということもるけれど、やはり「頭の中にある映像を書き出す」には、他人の手と頭を借りるよりも、自分の頭PCから直接書き出した方が純度が高い、とうわけだ。

来年還暦を迎える僕が、この歳で新しい編集技術を覚え、新しいアニメの作り方を覚えている・・・という状況が、われながら「よくやるね」と思う次第。

下の写真は最近遊んでいる360度カメラ。

360度映像から16:9の絵を切り出すと、これが楽しいんですよ。


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