• Tomizo Jinno

「動画」の功罪(その1)

Updated: Feb 25

『動画』でなければダメ

昨夜あるテレビ番組を見ていたら「今の教育は『動画』でなければダメ」というテーマだった。スーパーマーケットのスタッフの店頭での所作、マナー、言葉遣いなどを教えるパンフレットが、けっこう丁寧に作ってあるのだが、それを見せてもまったく頭に入らないということで、様々な動作や言葉遣いを、ひとつずつに分解して、1本15秒とかの「動画」にして見せたら「効果的面」であったと・・・。


授業も『動画』で

また、ある大学の授業を従来同様の教授の「話」と「板書」で進めていると、学生たちはすぐにウトウトし始める。そこで「動画」を流すとパッと目を覚まして集中して見るようになり、授業後感想も「面白かった」。従来の講義は「つまらない」のだそうだ。


読解力がない

これらのことから分かるのは、若い世代は文字と具象を「関連づけることができない」「面倒くさい」「眠たい」ということ。

つまり、最近よく言われる「読解力がない」ということだ。

別な言い方をすると「想像力がない」ということだろう。


映像は想像力を奪う

以前このブログに僕は、「映像はイメージを限定するため、視聴者の自由な想像を邪魔してしまう」と、映像の罪を告白したことがある。「映像は(見せてしまうので)身も蓋もない」、つまり想像する楽しさを奪ってしまう、とも書いた。

プロモーションビデオとかミュージックビデオと呼ばれる映像が流行り始めた時に、ある一定のミュージシャンたちは、こうしたことを理由に自分の音楽に映像を付けることを拒んでいたと思う。


これはたいへんです

恐れていたことがついに現実になってきた感が拭えない。

実は薄々、いやはっきりとそういうことは仕事を通じて感じていた。

昨日まで書いていたテーマでもある「シナリオ」をクライアントに提案しても、文字だらけの書類だから、ほんとうにみなさん読まないし、読まれても、その映像を想像しながら読むのではなくて、普通の書籍文章を読むように文字を追って「校正」するだけなのだ。


合わせなくてはいけないのか?

冒頭の番組のVTRで、ある企業の教育担当者もある大学の教授も「覚えてもらえなくては仕方がないので」「授業を受けてもらえないと仕方がないので」みたいなことを言っていたけれど、映像をつくる仕事をしている僕が言うのも気が引けるけれど、「そこまで迎合するのはやめてください」と思うのだ。 (つづく)


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